はじめてのプリンス(First Prince)
- 3月14日
- 読了時間: 3分
王城、午後三時。
中庭の白い石畳に、陽光がやわらかく落ちている。
噴水の水音が、遠くで跳ねた。
第2王子シエルは、重たい教本を抱えたまま廊下を急いでいた。
黒髪が揺れる。赤い瞳は、どこか焦るように前を見ている。
王子としての教育は厳しかった。
歴史、軍略、外交、礼儀作法。
玉座の前に立てば、大人たちの声が波のように押し寄せる。
第二王子。
継ぐか、支えるか、それとも余るのか。
自分の未来は、いつも曖昧だった。
その重さから逃れるように、彼は午後三時になると中庭へ向かう。
はじめて出会ったのは、廊下の角だった。
落ちた本をふたりで拾い、指がかすった。
顔を上げた瞬間、世界が少しだけ変わった。
薄茶色の髪。緑の瞳。
伯爵令嬢フルール。
大人しそうに見えて、芯が強い。
「王子様だからって、全部できるわけじゃないでしょう?」
その一言に、胸の奥の緊張がほどけた。
それから毎日。
午後三時の白いベンチ。
焼きたてのパンをちぎって分け合う。
バターを頬につけた彼女を見て、ふたりで笑う。
「ついてるぞ」
指先でそっとなぞれば、彼女はむっとして言い返す。
「勝手に触らないで」
けれど、その目は笑っていた。
彼女の笑い声は、旗より高く揺れた。
それを聞くだけで、剣よりも強くなれる気がした。
王子らしくなくていい時間。
国よりも大きく感じる、たったひとつの隣。
ある日の午後三時前。
花が咲き誇る中庭で、シエルは不器用に花を編んでいた。
「動くなよ」
そう言って、フルールの頭にそっとのせる。
陽光のなか、彼女は本当に花のようだった。
「約束しよう」
赤い瞳が、まっすぐに彼女を見つめる。
「ぼくが大人になっても、きみを泣かせない。
どんな未来でも、きみの隣を選ぶ」
フルールは少しだけ驚いて、それから静かに笑った。
「じゃあ、わたしも約束する。
あなたが逃げたくなったら、ちゃんと叱ってあげる」
小さな指が絡む。
午後三時の鐘が鳴る。
それは、まだ幼いふたりの誓いだった。
次の日。
シエルはいつものように中庭へ向かった。
白いベンチ。
噴水。
午後三時の光。
けれど、フルールは来なかった。
次の日も。
その次の日も。
理由は告げられないまま、
彼女は王城に現れなくなった。
中庭に立ち尽くしながら、シエルは思う。
胸が跳ねる感覚は、まだ消えていない。
けれどそれは、甘いだけのものではなくなっていた。
玉座の前で押し寄せる大人たちの声の奥に、
たったひとつ、静かに残っている言葉。
――きみを泣かせはしない。
忘れられてもいい。
届かなくてもいい。
それでも約束は、ここにある。
午後三時の光のなか、
少年はまっすぐ前を向く。
花の名前を持つ少女へ。
いつか、もう一度会える日まで。
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企画・制作:恋するステラ
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